第63章 紫電の言伝を茜色の君へ
「どうしたんですか?」
「その着物、改めて君によく似合っていると思ってな」
「……ありがとうございます」
七瀬は、はにかみつつもかわいらしい笑顔を見せてくれる。
俺はお盆に乗せてある布巾で手と口を軽く拭くと、彼女の髪を一房指先でそっと掴んだ。
「んっ、杏寿郎さ…」
柔らかい髪質で触り心地が良いそこに口付けをゆっくり落とす。
「髪が少し伸びたから、こう言う事もできるようになったな」
「もう……!本当に心臓に悪いです」
いつもの真っ赤に染まる顔が愛らしくてたまらない。
そう。
短かった七瀬の髪は肩につくぐらいに伸びた。歳もまた1つ重ねて19になり、俺も22になった。
「もう鬼殺をしなくて良い」
こう言った理由から髪を伸ばそうと決めたようだ。
彼女は半年前の任務後、鬼殺隊を辞めた。
炎の呼吸が全く使えなくなり、元々使っていた水の呼吸も思うように使えなくなったからだ。
『炭治郎のように自分だけの力で複数の呼吸が使用出来るようになったわけじゃないですからね。夕葉の術のお陰で使っていた代償だと思います』
“炎の呼吸を使う事は生きがい”
そう言っていただけにいざ辞めるとなるととても寂しそうにしていたが、桐谷くんの敵討ちは出来たから良しとする —— そんなどこか清々しい様子も見せていた。
慰労と言う意味も込めて、俺は彼女に2着の着物を贈った。
1つは求婚した際に贈ったスターチスと同じ桃色の着物、そしてもう1つは彼女の刀身の色でもあった茜色の着物を。
七瀬はこちらを今着用している。
どちらも俺が自ら見立てたものだが、彼女によく似合っている。
本人もとても気に入ってくれているようだ。これは選んだ自分としても鼻が高い。勿論気分も良い。