第60章 茜が沈む、緋(あけ)が昇る ✴︎✴︎
その後、朔夜は処置の速さも相まって一命を取り留めたが、奉行所の耳に入れない代わりに朝緋を家から追い出した。
「育ててやった恩を仇で返すとはこの事だな。お前の顔は二度と見たくねぇ。失せろ、虫唾が走る」
『何が恩だ。散々玩具として扱いやがったくせに……顔が見たくないだと?それは俺が言いたい言葉だ』
弟には大層泣かれたが「お互い生きてればまた必ず会える」と微かな自分の希望を含めた言葉を日向に伝え、すり寄って来る小さな体から何とか離れて育った家に別れを告げた。
こうして父親から親子の縁を断ち切られた朝緋はふらふらと街中を彷徨う。すると茜と出会う前と同じように、女も男も彼を求めて声をかける。
お金には困らなかった。
一夜を共にした男や女が朝緋に気前よく渡してくれた為だ。
彼はそうしてコツコツと貯めたお金を手にし、一縷の望みをかけて茜が働いている店に出向いた。
「ああ、あの子ならつい1週間前に身請けされてさ。ここにはもういないよ。あんたみたいに見た目がもう素晴らしく綺麗でねぇ。それでいて品もある男性で………」
遣り手の女性の言葉を遠くに聞きながら、朝緋はふらふらとおぼつかない足取りで店を出た。
絶望的な気分だった。朔夜から縁を切られた為、もう一つの希望の光である弟にはもう会えない。
その夜。
彼はいつも通り街中を力無く歩いていると、これもまたいつも通りに複数の男女から声をかけられる。
しかし、それらには一切応じず歩みを続けていると1人の男から声がかかった。
「ほう、随分と私好みの人間がいるものだ。名前は何と言う?」
低く品がある柔らかい声だったが、逆らえない物を感じた。
朝緋はその男の言葉に導かれるように彼と共に夜闇に姿を消した。
「お前の名前は癪にさわる。ふさわしい名前をつけてやろう。そうだな……同じ太陽でも我らにとって有利な夜を連れてくる夕陽に因んだ物が適切だろうか」
“今日から貴様は夕葉だ。喜べ、私の血を今から与えてやる”
「仰せのままに……無惨様」
朝緋は全ての鬼を束ねる鬼舞辻無惨によって、人間から鬼へと変貌した。