第60章 茜が沈む、緋(あけ)が昇る ✴︎✴︎
「へえ、奇遇ですね。私の名前も茜なんです」
「そう………なんですか」
亡くなった母と同じ名前。そして自分と同じ焦茶色の双眸と髪色。
朝緋は彼女に一目惚れのような感情を抱いた。
「朝緋と茜なんて何だか面白いですよね。私が夜を連れてくる名前だとしたら、あなたは朝を連れてくる名前のようで」
『自分が朝を連れて来るなんて思う事は今まで一度もなかった。外から帰宅した後は昼間でも陽光に当たれない。だから俺は反比例している自分の名前があまり好きではなかった……』
しかし、朝緋は彼女の言葉を素直に受け入れる事が出来た。
「確かに…真逆だから互いを補い合う事が出来そうです」
「ふふ、本当にそうかもしれませんね」
それから2人はよく会うようになった。
日向を交えて3人で過ごす時もあれば、2人だけで過ごす事もある。
3人の時も2人の時も朝緋は、穏やかな気持ちで過ごせていた。
幼い頃よりその見た目故に他人と関わりが多かった彼が、心の底から満たされる思いを感じる事はこれが初めてだった。
茜が朝緋の外面だけではなく、内面にもしっかりと目を向けてくれたからだ。
そんな2人が恋仲となるまでにそんなに長い時間は要しなかった。
「……は?何て言ったんだ、お前」
「おい、朝緋。親に向かってお前って言い方は気に入らねえなあ?まあいい。茜って言ったか。あいつと同じ名前の女」
とある真夏の暑くうだるような日。
家中の窓を開放しても、自分の体にまとわりつく汗はどんどん溢れて来る。
そんな1日の始まりに父から言われた言葉に息子は驚きを隠せなかった。
「知ってたか?あいつの家、母親の金遣いが荒いそうじゃねーか。借金が膨れ上がってラチがあかないから、いかがわしい店で客の相手をしてるんだとよ。こないだ俺もその店にたまたま行ったんだが……」
“えらく良い声で啼く女だなあ”
朝緋の脳内で理性を繋ぎ止めていた紐がぶちっと切れた。
次の瞬間、彼は台所から包丁を持ち出し父親の腹部にそれを突き刺した。
ためらいは一切見せなかった。