第60章 茜が沈む、緋(あけ)が昇る ✴︎✴︎
「七瀬ちゃん、こっち見て」
呼ばれた七瀬が力ない素振りで視線をカナヲに向ける。
言われた通りに彼女を見てみれば、カナヲは涙を流していた。
「何で?カナヲが……泣いているの……」
「……止血、して」
「私なんて……助けてくれなくても……」
——— パンッ!
七瀬の両頬にカナヲの両手が勢いよく当てられた。ジンジンとした痛みがそこからゆっくりと広がっていく。
「痛いよ……」
「止血……して……」
カナヲは更にボロボロ涙をこぼし始めた。物静かであまり感情をあらわにしないカナヲだが、溜まっていた思いと一緒に吐き出すように次から次へと両目から雫がこぼれていく。
七瀬はカナヲの両目の涙を自分の親指で拭うが、それは全く意味がない行為だった。
「私の、呼吸ね……偽物、なんだって」
彼女が血で濡れている胸に右掌を移動させると、隊服の上からねっとりと赤黒いシミが広がっていた。
そしてズキ、ズキと痛む心臓とその周辺。口元を血で汚れた手の甲で拭えば、そこには同じように赤黒い液体が付着した。
「さっきね……夕葉が言ってた……私の血を変えたから……日輪刀の色も、変わったし……炎の呼吸も使えるように、なったって。だからね?…私、そんな呼吸ならもう使いたく………」
「違う、偽物なんかじゃない!」
カナヲは肩が痛むのも構わず、七瀬をそっと抱きしめてくれる。互いの体が当たっている箇所からは彼女の温かい体温がジワ……っと七瀬に伝わっていく。
「いつも……私の花の呼吸が綺麗って言ってくれるけど、七瀬ちゃんの炎の呼吸だってはっとするぐらい綺麗なんだよ」
「綺麗?私の呼吸が……?」
その問いにカナヲは力強く頷く。
「任務で一緒になった時、いつも七瀬ちゃんの呼吸を見てそう思ってた。綺麗なだけじゃなくて、強くてあたたかいなあって……」