第60章 茜が沈む、緋(あけ)が昇る ✴︎✴︎
5日前 ——— 煉獄邸の縁側にて。
「我妻少年、少しいいか」
門扉に向かって歩き始めた炭治郎、善逸、伊之助をこの一言で呼び止めたのは杏寿郎だ。
これから記すのはその後の2人の会話である。
「単刀直入に問う。少年、君は七瀬に対しての距離感と言うのか、それが近いように見受けられるが?」
「……え?いや、そんな事はないです……よ?」
「………」
『すっげぇ嫉妬の音色!!やばい、俺殺される??』
横に座っている炎柱はとびきりの笑顔である……が、その心から善逸の耳に届いて来る物は身震いする程だ。
「神と仏に誓います!!俺は禰󠄀豆子ちゃん一筋です!!!」
サッと右掌を杏寿郎に向ける。だらだらと冷や汗が流れていく様を背中に感じながら。
「そうか、であれば何も問題はない」
「あ、いえ……」 『助かった?』
ふう、と安堵した様子を見せながら杏寿郎は笑顔を浮かべた。今度は心からのそれである。
「情けないと思うか、大の男が」
「いえ、俺は安心しました」
「安心……?」
「はい、七瀬ちゃんをそんなに思ってくれる人がまた現れてくれたから」
“しょーがねーだろ!俺はあいつの事が大好きなんだよ、そりゃあ嫉妬深くもなるっての…”
善逸の脳裏に蘇るのは巧の言葉。思わず笑顔になる。
「煉獄さん」
「どうした?」
「いや、どうして今回の任務同行に俺は選ばれたのかなって…」
「俺も君は適任かと思うぞ」
自分は弱い ———
その思いがいつも根底にある。最近は眠らずに鬼を討伐出来るようにはなった。しかし、長年心の中に感じて来た揺るぎない思いはなかなか払拭出来ないように感じてしまう。
善逸はそんな事を考えていた。
「俺は壱ノ型しか使えません」
「充分だろう、だからこそ君は極めている。壱ノ型はどの呼吸においても基本であり、軸になる型だ。満遍なく全ての型を使えるに越した事はないが、人には適正と言う物がある。たった1つだけの型しか使えない。しかし、それのみを使用する事で精度・強度は格段に上がる。自分だけの、君だけが放てる悪鬼を滅殺する刃となる」
「煉獄さん……ありがとうございます」
善逸の胸中に杏寿郎の言葉がじんわり、あたたかく広がっていく。
11月中旬の空気は肌寒いが、彼の心の中はぽかぽかしている。