第60章 茜が沈む、緋(あけ)が昇る ✴︎✴︎
「そう言えば名乗ってなかったなあ、俺は下弦の壱の夕葉だ。楽しい余興に是非、付き合ってもらおう」
「血鬼術 —— 」
フッと鬼の姿が消える。
瞬く間に七瀬の目の前までやって来た夕葉は左手から術を放った。
「炎心・極(えんしん・きわみ)」
『!!これ、巧がやられた術だ!しかも、きわみ??』
過去を思い出し、体が固まる七瀬だが ——
「弐ノ型 —— 昇り炎天」
彼女の横にいた杏寿郎が素早く反応し、下段から上段にぐるっと炎の刃を回す。
あの時と同じように向かって来た青白く冷たい炎の塊。しかし、それは暖かい緋色の炎が分断した。
ジュッ……と炎同士が相殺される音に続いて、綺麗に切断された鬼の左腕が宙に舞った。それからゴトリと鈍く地面に落下する。
ちぎれた腕はピク、ピクと5指がまだ動いていた。
「ちっ、流石は柱の呼吸だな」
夕葉は舌打ちをすると、肘から先が無くなった腕にグッと力を込め、元通りに再生させながら後ろに飛びのいた。
下弦の壱の彼は上弦の鬼には劣る。しかし日頃から無惨のお気に入り故、褒美としてよく始祖の血液を与えて貰っている。その為、まずまずの再生力を持つ鬼なのだ。
「七瀬」
杏寿郎は継子の前に立った後、首だけを彼女に向けて落ち着いた低い声で声をかける。
「どうした?君ならあれぐらいは回避出来たんじゃないのか?」
「………」
項垂れるのは一瞬のみ。七瀬はすぐ気持ちを切り替えて、日輪刀を構え直した。
「さっきの術、巧がやられたものなんです。術の強度があの時より強い物で……すみません」
「ふむ」
炎柱は1つ頷くと、闘気を少しずつ練りあげていく。
そのジリジリと焦げつきそうな空気が振動となり、後ろにいる七瀬の体に直接伝わってくる。
「相手は十ニ鬼月だ。如何なる理由があろうとも、一瞬の判断の遅れが命取りになるぞ」
彼の額と日輪刀を持つ手の甲に、より一層力が入った。
「今一度、気合いを入れ直せ」
——— 次の瞬間。
杏寿郎は膝を落とし、右足でダン!と地面を蹴ると、夕葉との間合いを一瞬で埋めた。
放たれた型は壱ノ型の不知火。魔を斬る呼吸の基本の型だ。