第60章 茜が沈む、緋(あけ)が昇る ✴︎✴︎
「……いえ……お気遣いの言葉、痛み入ります」
「…………」 「…………」
昌子はそれまで正面に上げていた顔を下に俯けた。その両肩は静かに震え、膝に置かれた両拳にもグッと力が入っている。
『子供が先に亡くなるって、こんなに寂しい匂いがするのか…』
神社に到着した際に感じた香りが今とても濃くなっている。
それを体感しているのは炭治郎だ。
「申し訳ありません、お恥ずかしい所を……」
「いえ、ご無理もないです。それに私も家族を……母を亡くしていますので、お気持ちはご理解出来ます」
「そうでしたか……」
はい……と頷いた杏寿郎の脳裏には、瞬き1つする間(ま)に刹那が通り抜ける。
「ありがとうございます。職業柄、葬儀を司る事も往々にあります。しかし身内となると、客観的に捉える事はなかなか難しい物です。それでも炎柱様のお言葉でようやく娘の死を…ほんの少しだけですが、受け入れる事が出来ました」
顔を正面に上げた昌子の両目尻には、涙が通り抜けた跡があった。
それから座卓に置かれている湯呑みを一口飲んだ彼はこんな提案をして来る。
「大切な任務の前にこのような事を申し上げるのは相応しくないかもしれませんが……神宮の近くに甘味処がございます。なかなか評判のようで、私達家族もよく足を運んでいるお店なのです。宜しければ訪ねてみては如何でしょうか?」
「ありがとうございます。こちらこそ気遣い感謝致します!何か勧めの品はございますか?」
昌子と杏寿郎のこの会話。
固唾を呑んで見守っているのは、杏寿郎の両隣に座っている甘味好きの七瀬と善逸だ。
「どの品も美味しいのですが、あえてあげるとすれば……カステラときんつばでしょうか」
“カステラときんつば”
——— 2人の心が弾けた瞬間である。