第60章 茜が沈む、緋(あけ)が昇る ✴︎✴︎
「七瀬さん、沈まないと言う事は昇らない現象ももしやあったりするのか?」
槇寿郎がふと思いついたように、自分から1番遠い位置にいる彼女に問うた。
「……おっしゃる通り、ありますよ。極夜ですね。けれど、先程千寿郎くんが言った白夜もなのですが、ここ日本では観る事は出来ません」
「そうか……」
槇寿郎はそれ以降、言葉を発する事はなく、しばらく4人の間には沈黙が落ちた。
「……鬼の世界が極夜かもしれませんね。太陽の光が届かない所で彼らは生きていますし。それから今、私思いました。鬼殺隊に所属している人は全員太陽を持っています」
沈黙に再び音を響かせたのは七瀬だった。
「日輪刀、か?」
自身の羽織で隠すようにして、彼女の左手を自分の右手で絡めるのは杏寿郎。
「そうです。鬼殺隊は誰もがその掌(たなごころ)に鬼を唯一打ち払える日輪の息吹を宿している。私はそう思います」
「………千個は流れたな」
「はい……間違いなく」
七瀬と杏寿郎はその後、2人で流星群を見ていた。
夏の流星群の時と同じように、小さくあくびをした千寿郎が部屋に戻ると言い出すと、槇寿郎も同時にその場を後にしたのだ。
「また気を遣って頂いちゃいましたね」
「そうだな」
「…………」
「…………」
2人の声が途切れる。
杏寿郎は右手に絡めた七瀬の左手を再び繋ぎ直すと同時に、左手を彼女の右頬にあててちう……と一度音を響かせて口付けをする。
彼がゆっくり顔を離すと目の前の焦茶色の双眸は、ゆらゆらと恋慕の感情を揺らしていた。
「杏寿郎さん」
「どうした?」
「私、炎の呼吸の中で弐ノ型が1番好きなんです」
「む、今この話か?」
「結構大事な話ですよ」
「ほう、それは是非とも聞かせてほしい」
右頬を撫でられた七瀬は気持ち良さそうに表情を緩めて、彼の胸にその身を寄せた。そしてぽつぽつと言葉を紡ぎ始めていく。