第61章 茜が沈む、緋(あけ)が昇る ✴︎✴︎
『あれ?こんな所に置いた覚えはないんだけど』
ここは茨城県鹿嶋町(=現在の茨城県鹿嶋市)にある鹿島神宮。
日本建国・武道の神様である「建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)」を御祭神とする、神武天皇元年創建の由緒ある神社だ。
時刻は夕闇が空を染めつつある17時半。
本殿前の落ち葉を箒で集めていた巫女が、3メートル程前に落ちている物を見つけて小走りに近づいた。
巫女は17歳の少女で、白衣に緋色の袴をはいており、肩までの艶がある黒髪は組紐で結ばれている。
『やっぱり、私の勾玉……』
昨晩湯浴みをした際、着替えと一緒に自室に持ち帰ったはず。
この勾玉は少女が神主である父親から譲り受けた品で、3種の神器と呼ばれている「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」だ。
『由緒あるうちの宝。早く持って入らないと』
勾玉を手に持ち、踵を返した途端 ———
「血鬼術 —— 炎心・極(えんしん・きわみ)」
成人の男の声が聞こえた。
しかしその思考にたどり着く前に自分の心臓が燃えるように熱くなり、苦しさが脳と体を一気に駆け巡る。
一瞬の出来事だった為、声をあげる間もなかった。
少女は口からたらりと血を流し、バタっとうつ伏せに倒れる。
開かれた両の瞳孔。そこにはもうあたたかみのある息吹はない。
「悪いなあ、お前には何の恨みもないんだけど、それがどうしても必要なわけ。俺には」
巫女の右手に握り込まれた勾玉には上部に小さな穴が空いており、紐が通してある。
「あいつを呼びたいからその神器、利用させてもらう………もちろんお前も」
男は長く尖った爪で、己の左手首にスッと縦に線を入れ、血を少量滲ませる。
右手人差し指にそれを擦り付け、屍となった少女の爪に塗り始めた。
『やっぱここもだな』
彼は少女をゆっくりと仰向けにし、泡を吹いている口元に自分の血を塗りつけた。
それらが終わると開いた瞳孔を閉じてやり、泡も丁寧に拭う。
『よし、仕上げはこれだ』
彼が右掌を彼女の体にかざすと、白衣に模様が浮かび始めた。
その柄は ——