第60章 茜が沈む、緋(あけ)が昇る ✴︎✴︎
「不安か?」
「はい、それはもう……怖いし不安ですよ。でも杏寿郎さんが一緒に鹿島に向かってくれるから、とても心強いと言う思いがあるのも本当です」
それに……と七瀬はこう続ける。
「鹿島は剣聖の故郷ですからね。勝負の後押しをしてもらえるかもしれません」
「なるほど、塚原卜伝か」
「はい!」
塚原卜伝———
今しがた七瀬が発言したように、剣聖……即ち剣術に非常に優れた人物である。
鹿島の太刀 = 鹿島新當流(かしましんとうりゅう)と言われている流派を興した祖であり、生涯あまたの対戦で一度も深手を負わなかった且つ、一度も負けなかったと現代まで伝えられている。
「七瀬。1つ君に頼みたい事がある」
「何でしょう……」
杏寿郎は抱きしめていた両腕を緩め、七瀬の肩に両手を置く。
「甲(きのえ)に昇格した君と勝負がしてみたい」
カン ————
木刀の気持ちの良い音が煉獄邸の庭を駆け巡ると同時に、地面を捌く2人の両足の響きも活発になっている。
「また筋力が上がったのではないか?」
「そうですか?私は杏寿郎さんの筋力も上がったと思いますよ、だから……」
七瀬は木刀を一度弾いた後(のち)、突きの一撃を杏寿郎に向かって放つが、横に薙ぐ一閃に一掃された。
「ああ、やっぱり。今の一撃でもう両腕が痺れちゃいました」
「そうか」
彼が嬉しそうに笑った次の間(ま)に放たれたのは、弐ノ型。
「わっ、もう…呼吸に切り替える頃合いが本当に速すぎますよ!」
師範の炎の輪をかろうじて受け流した継子は、自分も呼吸を炎にして伍ノ型を放つ。
「 —— 炎虎!」
『七瀬は炎虎があまり得意ではない…試してみるか』
杏寿郎は木刀を一際強く握り、継子に向かって攻撃の型を出した。
「 伍ノ型 ——— 炎虎」
伍ノ型は彼が壱ノ型同様、得意としている型だ。
赤い虎と赤い虎が雄叫びを挙げて、ぶつかり合っていく。