第59章 2人の炎をあたためて ✳︎✳︎

「本当に？」
「何故ここで嘘をつかねばならない」

いや、だって……杏寿郎さんが？
私を見て、息をするの忘れそうになったって。

「七瀬は普段愛らしいが、俺の腕の中にいる時はとても綺麗で麗しいからな」

「んっ、」

大きな右手が左頬をいつも通り優しく撫でてくれると、これもまたいつも通りに落とされる彼からの柔らかい口付けに、心と体が震えた。


「そろそろ寝よう。もう3時だ。2時間後には朝稽古だぞ」
「あっ、はい。そうですね………」


“おやすみ” “おやすみなさい”

挨拶を交わし、私は杏寿郎さんに隙間なく自分の体をくっつけた後、途端に瞼が重くなり、急速に寝入ってしまった。











そして次の日の朝 ———

「七瀬、稽古をするぞ。起きろ」
「……………」
心地よい低音がすぐ側で響く。


「……朝だ」
「んっ、……」
両頬がふわっと包まれたと思うと、唇に届くのは彼からの甘い甘い口付けだ。

「目は覚めたか？」
「……はい………」
再びその甘く優しい雨が、私の唇に落とされる。

「おはようございます。杏寿郎さん」
「おはよう」

「腰は？」
「うーん……ぼちぼち来てますね」

下腹部に鉛でも入っているような重い痛みが充満しているけれど、彼が労うように触れてくれるので心がほわっとあたたかくなる。


「でも、幸せな痛みですよ。それにたくさん杏寿郎さんに触れて貰ったから、ほら肌もピカピカです」
右人差し指で自分の右頬を指すと、どれ……と手を当てて確認する彼。

「あまり変わらない気もするが」
グッとその端正な顔を近づけてじっと観察をし始める。
その距離、10センチ。

「そ、そうですか？」
「ああ、変わらないな」
ちぅ……と頬に落とされる温もり。


「君の肌はいつだって触り心地が良いし、綺麗だ」
「んっ……」

杏寿郎さんだっていつでもお肌すべすべだよ……。
彼の左頬の滑らかさを自分の右頬に感じながら、私は今日も思う。

『杏寿郎さんが大好き』


それから10分後、あっさりと気持ちを切り替えた彼に少しだけ寂しさを感じつつも朝稽古をした。

稽古後に蝶屋敷に行った際、しのぶさんにからかわれたのはお約束です……




〜七瀬から見た景色〜

end.