第58章 緋色の合図、茜色のサイン、2人のeyes
「美味い!!!」
「ひっ!」 「わあ!」 「ごほっ!お、お茶…」
私の目の前にある塩大福が彼の口に入る度に、周りの驚きの声も耳に入って来る。
以心伝心は25畳程の広さの甘味処だ。程よい広さと言って良いのだけど、杏寿郎さんの声量がよく響く。
私はこれがすっかり当たり前になっているから、もう気にならない。だけどやっぱり初めて居合わせた人達が驚いてしまうのは無理もない。
「杏寿郎さん、杏寿郎さん。大福が美味しいのは物凄くわかりますけど、周りの方が驚いちゃいますよ。だからほんの少しだけ声の大きさを落として貰えませんか?」
「む……すまん……」
“美味い”
………と先程より随分と静かな声量で囁くように言う彼だ。
『かわいいは男に言う言葉ではないな』
以前そう言われた事があるので、それ以来私は”かわいい”と直接口に出すのは控えている。でも、ついつい笑顔が出てしまう。
「七瀬」
あ、まずい。この顔は私が何を考えていたか把握されているな…
「どうしました?」
「……とぼけても無駄だぞ」
右手で軽くおでこをこづかれた。
「すみません。でも杏寿郎さんに凄く癒されましたよ」
「そうか?」
「はい!」と笑顔で彼に返答し、私も残りの塩大福を食して行った。
「今日の大福の仕込み分全部食べるなんて……いつもながら驚きました」
会計を済ませてお店から出ると”ご馳走様でした”の言葉と一緒に、彼に伝えた事がこれだ。
「蜜璃さんもですけど、杏寿郎さんのお腹の中って一体どうなっているんですか?」
私の左側を歩いてくれる彼のお腹は、川越に行った時と同じように普段と大きさがそんなに変わらない。
「俺にもわからん!が、胃が大きいと言う事だけは間違いないな!」
「ふふ、でしょうね」
そんなやりとりをしていると、小間物屋が私達の目の前に現れる。
目当ての物を探したくなった私は彼に寄ってみても良いか聞き、一緒に店内に入った。
「あった……」
支払い場近くの棚に置いてあったそれを手に取ると、後ろにいる恋人に見せる。
「…なるほど、七瀬の色か」
「はい……ずっと探していたんです」
改めてそれを見ると、顔が綻んでしまう。