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炎雷落ちるその日まで / 鬼滅の刃

第58章 緋色の合図、茜色のサイン、2人のeyes


——9月中旬。

先月まで煉獄邸の庭中をその響きで賑わせていた蝉の鳴き声は、もう殆ど聞こえなくなった。
まだまだ残暑は厳しいけど、朝晩は風が心地良くなり、就寝時に寝汗をかく事も少なくなったある日の事。


朝稽古が終わり、朝食も済んだ後、私は杏寿郎さんと一緒に自分の部屋にやって来ていた。


「これ、大分書けましたよ」

文机の前に隣あって座った私達。そこに置いてある一冊の和綴じの冊子を彼に手渡す。これは私が呼吸や稽古で今まで感じて来た事を記している記録帳だ。


パラリ、パラリと1ページずつ目を通していく杏寿郎さん。一通り確認すると「うむ!」と大きく頷いた彼はパタンと冊子を閉じて私に返す。

「わかってはいたが…君は本当に熱心だな」

「ありがとうございます。一応炎柱の継子ですからね。記録帳は自分にとっての足跡でもあるんですが、今後の炎の呼吸の使い手になる方達にとって、手引き書のようにもなれば良いなあと思っていて…」

「礼を言うのは俺の方だ。色々考えてくれてありがとう」

「いえ……とんでもないです」

受け取った冊子を机に置き、体を彼に向ける。


「ん?どうした?」
「はい……」

目線を彼に合わすと、杏寿郎さんの双眸が途端に柔らかくなった。師範から恋人に変わる瞬間だ。

「杏寿郎さん。お願いがあります」
「ふむ、何だろうか?」

“お願い”と口に出すと、日輪の双眸に柔らかさがもう1段階程増す。
これは杏寿郎さんの意識が「恋人」へ完全に移行した合図。

「2人で出かけたい所があるんですけど…」













「確かに君とここに来た事はなかったな!」
「ふふ、そうですよね」

お互い外出用の着物に着替えてやって来たのは、甘味処「以心伝心」


大福やわらび餅を持ち帰りで購入して一緒に食べた事はあるけど、2人でこうしてお店に来た事はなかったのだ。

お品書きに目を通しているけれど私が食べたい物は決まっているので、迷わずこう口に出す。

「塩大福にします」
「む?君もか…」

「え?杏寿郎さんもですか?」
「ああ」

「私、今日はこれだなって気分なんです」
「奇遇だな、俺もだ」

嬉しいなあ、食べたい物が大好きな人と重なるなんて。店名が以心伝心だからか、一緒に来た人とは頻繁にこう言う事が起きる。それもこのお店が繁盛している理由だろうか。

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