第57章 緋星(あけぼし)喰われしその時に、心炎で天蠍を衝け ✴︎✴︎
「顔を上げよ」
落ち着いているが威厳がある低音。それが2人の鬼の前で響く。
恐る恐るゆっくりと顔を上げる夕葉と朝霧。
そこには1人の美しい女がいた。黒い着物を着ており、気品溢れる雰囲気を漂わせている。
着物の裾が床に広がるお引き摺り(おひきずり)の為だろうか。これは御座敷にだけ上がる高貴な女性の召し物である。
「あの、む……」 「朝霧、私は発言を許しておらぬが」
次の瞬間 —— 彼女の整った顔の中央に鎮座している形の良い鼻が、無惨の手によりバキッともぎ取られる。
「うっ……はあ…」
苦痛で顔を歪め、咄嗟に両掌で空洞になった鼻の位置を包むが、ダラダラと掌の間から鮮血がポタ…ポタと床に落ちていく。
「お前の顔も不味くはないが……やはり夕葉には負けるな」
彼は血に滴る鼻を口元に近づけると舌でそうっと舐め、口腔の中にポイッと入れる。そして甘味を味わうようにゆっくりゆっくりとしゃぶり始めた。
「夕葉、朝霧、発言を許可する。申してみよ」
「………」
夕葉は自分の左隣に座っている下弦の弐をちらりと確認し、その形の良い唇から言葉を紡ぐ。
「恐れながら、無惨様。お聞きしたい事がございます。此度は私と朝霧にどのようなご用件があるのでしょうか」
彼はゆっくりと落ち着いて、主君に尋ねた。
すると———
「お前が以前、自分の血の性質に似ていると言っていた鬼狩りの小娘がいるだろう」
「はい、申しました。それが如何されましたか?」
「苦戦しているようだから、他の鬼の力でも借りてみてはどうかと思っただけだ。お気に入りのお前が苦しんでいるのは、私も見てて気分が良い物ではなくてな」
————!!
夕葉の心がこの言葉に強く反応した。