第56章 山吹のち、姦し(かしまし)ムスメ
「あれは——…星か?」
「はい、金星です。だから正しくは惑星ですね。夜明け前に見えるので、”明けの明星”と呼ばれています」
青紫色の濃い空の中に少しずつ溶け合うように混ざっていく、朝の象徴である曙色。私が先日、自分の唇に塗った色だ。
これから沈みかけている月と同じくらい、目立つ光を放つ星がそこに鎮座している。
太陽が力強い光を見せる為の準備をしている時間帯に、この明けの明星はその姿を見せてくれる。
金星は惑星だから、太陽の光を反射して輝いている。
地球のすぐそばにある…そして、分厚い雲に覆われている、という2つの理由から、太陽や月に並ぶほどの輝きを放っているのだけど、夜中に見る事はできない。
その理由は、太陽・金星・地球の位置関係だ。
地球から見た金星は太陽のすぐそばにある為、太陽が沈む時間に金星も沈んでしまう。だから夜中に金星を見る事は難しい。昼間は太陽の光が強すぎるから、私達人間の目で金星を見る事は難しいと言われている。
「なるほど、明け方に見えるから明けの明星か」
「はい。因みに日没時にも西の方角に金星は見えるんですけど、それは宵の明星と呼ばれています。両方同じ時期に見る事は出来なくて、一定期間を挟んで代わる代わる見えるんです」
「東の明けに西の宵……朝と夜……面白いな!」
今、正に昇って来ようとする朝の日輪のような双眸をきらきらと輝かせながら、金星を見る彼がたまらなく愛おしい。
「金星は杏寿郎さんと、とても縁があるんですよ」
「む?そうなのか……?」
はい……と頷いた私は隣にいる彼の左手をそっと繋いで、話を始めた。