第56章 山吹のち、姦し(かしまし)ムスメ
「それ、すっげー嬉しい」
善逸は目を瞑ったまま、ニコッと笑った。
巧が心の中で彼に嫉妬の炎を燃やしているのと同じように、善逸もまた巧に対して羨望の気持ちがあり、近づきたいと言う思いを胸に抱いていたらしい。
「あ、そうだ。七瀬ちゃん、この話って聞いた事がある?」
………普段通り会話をしているけど、彼は目を瞑っている。念の為。
善逸の話はこうだ。
彼ら2人と同じ雷の呼吸の使い手であり、先輩隊士でもあった吉沢さんと言う人がいた。
吉沢さんもまた、鳴柱になると決まった巧に嫉妬の気持ちがあったと言う。
「あの嫉妬や妬みと無縁の吉沢さんが……そうなんだね」
「うん、俺も聞いた時本当に驚いた」
鬼殺隊は鬼を狩る組織だ。しかし、10個の階級で隊士が位置付けられている。仲間ではあるけどそこには競争意識も自然と生まれてしまう。
口に出す出さないは別として、誰もが自分なりの葛藤を抱えているのだろう。
側から見て”あの人は明るいし、きっと悩みなんてないんだろうな” そんな印象を周囲に与えていた吉沢さんは、実際心に複雑な感情を抱えていた。
「見た目通りの人なんて、きっといないんだよね。今日の女鬼も子供ばかり狙っていた理由があるのかも」
「うん……」
真夏の夜の風に涼しさはほとんどない。
うだるような蒸し暑さを複雑な思いと一緒に味わいながら、私と善逸は上野での任務を終えた。