第56章 山吹のち、姦し(かしまし)ムスメ
夏の夜の訪れはゆっくりだけど、19時を過ぎればもうすっかり暗闇だ。
ここは寛永寺。
徳川家康、秀忠、家光公の三代にわたる将軍の帰依を受けた、天海と言う徳川幕府ゆかりのお坊さんが、幕府の安泰と万民の平安を祈願する為に、江戸城の鬼門にあたる上野の台地に建立したお寺。
私と善逸はその敷地内にある根本中堂(こんぽんちゅうどう)に来ている。
「なあに?あんた達。今から、この子喰うんだから邪魔しないでよ」
「その子のお母さんが朝から晩まで、血眼になって探しているの。返して」
推定2歳ぐらいであろう女の子の首を右手で掴み、ギロっと睨む女鬼。彼女の見た目は落ち武者のようなざんばら髪で、薄汚れた着物1枚だけ羽織っている。
2つの瞳は縦に割れており、俗に言う鬼の目ではあるけど、形の良い鼻や綺麗な弧を描く口元からは、きっと人間の時に「美人」と称される事も多かったのだろう。
「返してって言われて、返す程物分かりは良くないの。こーんなに美味しそうな顔の子供……。ゆっくりしゃぶって、切り裂いて、食べてあげよう…」
“ね……”
最後の一言をその鬼が言う前に、青い稲妻を背負った山吹色の羽織が電光石火の速さで頸を切り落とした。
「雷の呼吸・壱ノ型」
「——— 霹靂一閃」
チン、と彼の雷刀が鞘に納まると同時に、バチ…と光っていた稲光が収まっていく。そうして鬼の頸は、サラサラ…と空気に混ざってゆっくりゆっくりと、粒子に変化した。