第56章 山吹のち、姦し(かしまし)ムスメ
煉獄邸での集まりが終わり、今は夕方——
時間は18時を回った所だけど、夏の夜が訪れるのは後30分以上先である。
「忘れ物は杏寿郎さんに限ってないと思いますけど、気をつけて行って来て下さい。これは道中小腹が空いた時にどうぞ。夏は食材が痛みやすいので、遅くても明日の朝までには食べ切って下さいね」
隊服に身を包み、既に炎柱の顔になっている恋人。
私は彼に両手程の大きさの小さなふろしきを渡す。中身は竹の皮で包んだおにぎりが3つ入っている。食欲旺盛な杏寿郎さんなので、大きめに握った。
「気遣い、助かる!有り難く頂こう」
「はい、いってらっしゃい」
そして彼のおでこが私のおでこにコツン、と当たる。残念ながら験担ぎではなくなってしまったけど、いってきます…そしていってらっしゃい…のやりとりに変わりない。
時間にして30秒と少し。おでこの中心がほんのり暖かくなった所で温もりがゆっくりと離れて行く。
「七瀬の武運も願っている。では3日後に」
「ありがとうございます。私もご武運を願ってます、いってらっしゃい」
そうしてよしよし…と大きな手が私の頭を撫でた後は、門扉から颯爽と歩き出す杏寿郎さんだ。
彼の背中を見えなくなるまで見送った後は、門扉を閉めて自分も任務の準備をする為に家の中に入った。
今日は善逸との合同任務だ。上野に出没する、子供ばかりを狙う女鬼の討伐に向かう———