第54章 霞明ける、八雲起きる
「杏寿郎さん、私また無一郎くんと勝負したいです」
「ほう、今日の内にその言葉が聞けるとは思わなかったな!」
大きな双眸を更に見開き、笑顔を見せてくれる彼。そしていつものように私の頭をよしよし、と撫でてくれた。
「杏寿郎さんともまた勝負したいです…そしていつか勝ちたいです」
「……楽しみにしておく」
そう言うとまた嬉しそうに笑う杏寿郎さんだ。
「冗談だと思ってます?私、本気ですよ…」
「ああ、わかっている」
………相変わらずのこの余裕。本当にいつもながら悔しい。
「七瀬」
「はい、何でしょう」
「今日の勝負の労いをしたい」
「労いって……あれですか?」
“そうだ”……と言いながら、私に優しい口付けをくれる彼。
「今夜の任務後、君の部屋に向かう....と言いたい所だが、今日から3日間程県外に行く任務が入ってしまった」
「そうなんですね」
残念だな。正直な思いが胸の中に湧き上がる。
「じゃあ、自主稽古頑張っておきます」
「うむ、そうしてくれ」
“戻ったら君を思い切り労う”
右耳に艶っぽい低音が響く。私の心臓が跳ね上がる瞬間だ。
腫れ上がっているであろう、両瞼には甘く優しい口付けの雨が降る。
それが終われば唇にもまた心地よい口付けが跳ねた。