第54章 霞明ける、八雲起きる
——それから20分程経った。
長友さんは不死川さんに呼ばれて客間に戻って行ったが、私はまだ自分の部屋の前にいる。
すっかり常温になってしまった麦茶を最後まで飲み干したが、客間に戻る気になれない。
瞼……またお岩さんになってるだろうな。これ見られるの、はずかしいや……。
「七瀬」
「杏寿郎さん…」
その時———恋人が私の元にやって来た。
「すまん、来てしまった」
「どうして杏寿郎さんが謝るんですか……」
「俺には会いたくなかっただろう?」
「ふふっ…そうですね。会いたくなかったけど、今はもう大丈夫ですよ。長友さんがたくさん励ましてくれました」
私は彼が持って来てくれた麦茶をごくっとひと口飲む。冷たい感覚が喉を通り過ぎていくのが気持ち良い。
「すみません、負けちゃいました。せっかく鍛錬して下さったのに……」
「それは仕方のない事だ。努力は報われる時ばかりではないからな」
「そうですね……」
「2本目だが、引き分けに持ち込めるとは思っていなかった。陸ノ型の改もだがな。正直驚いたぞ」
「ありがとうございます。コソコソ練習した甲斐がありました」
私はまた麦茶をゴクッと飲む。冷たい感覚が喉に流れ落ちる度に、気持ちが少しずつ少しずつ落ち着いていった。
「同じ柱とは言え、時透の事をよく知っているわけではない。だが俺は彼があんなに必死になって戦う姿は初めて見た。七瀬が本気で時透に勝とうとした気持ちが伝わったのではないか?」
「……だと良いんですけどね」