第54章 霞明ける、八雲起きる
部屋の前の縁側に長友さんと座っている。私と彼の間にはカステラと冷たい麦茶が盆に載せられ、置いてあるが手はつけていない。
「…………」
「…………」
沈黙がしばらく続く。いつもなら自分から話し出す事が多いのだけど、今はとてもそんな気分になれない。
「霞柱様、強かったですね。自分は沢渡さんと霞柱様の動きを全て追えたわけではないんですけど……お2人の気迫は物凄く伝わって来ました」
「そうですか?」
「ええ」
でも……
「それでも負けちゃいました。2本目は引き分けに持ち込むのが精一杯でした…」
「そうですね。沢渡さんは負けました。これはもう起こってしまったので、変わりようがありません」
言葉に出されると、胸に鋭い矢が刺さるようにグサッと抉られる。
「長友さん、結構はっきりと口に出されるんですね。何だか意外です……」
「すみません、元々こう言う性質なんです。内田にもしょっちゅうはっきり言ってしまうので、よく喧嘩をします」
「あはは、そうなんですね……」
思わず笑ってしまう。今日もそう言えば2人は小競り合いをしていた。けれど、とても仲の良さが伝わって来た。
「でもこの負けたと言う事実も、沢渡さんが今日の勝負に挑んだからこその出来事ですよ。少し聞いてみても良いですか?沢渡さんは前に進む為に必要な事って何だと思います?」
前に進む為……。
「諦めない事、信じる事……それから続ける事でしょうか」
「そうですね。その3つもとても大事ですね。私はそこにもう1つ加えても良いかなあと思います」
「へぇ……それってどんな事なんでしょうか」
彼の返答を待つ事、数十秒。
「悔しい、と言う気持ちから目を逸らさない事です」