第54章 霞明ける、八雲起きる
「良いんですか?七瀬の所に行かなくて」
「ああ!今の俺に出来る事はない!」
「冷たいんですね、恋人なのに」
「時透、煉獄の言う通りだ」
え……?とふろふき大根を食べる手を止め、無一郎は天元の顔を見る。
「あいつが今1番会いたくねーのは煉獄だからな」
「…?そうなんですか?」
首を傾げる無一郎に天元は”お前も継子と恋愛すりゃあ、わかる”と肩に手をポンと置き、彼にその理由をつらつらと語り始めた。
『……同じ呼吸を使う者同士と言うのは嬉しい事もあるが、そうではない事もある。こればかりは仕方ないな』
「炎柱様、私行って来ますよ」
「頼む」
杏寿郎に声を掛けて来たのは風柱邸専用の隠、長友である。
彼は炎柱邸専用の隠、内田と同期で仲が良い。それもあって今日ここに実弥と来訪した。
何故彼が七瀬の元に行こうと思い立ったのかと言うと……
ひとまず、本人の所へ向かうとしよう———
「うっ……ぐす……」
七瀬は自分の部屋に閉じこもって泣いていた。鼻が詰まってしまうぐらいに泣いていた。
5分毎にちり紙で鼻をかんでは泣いているのだが……。
「沢渡さん、長友です。甘味をお持ちしました。入っても宜しいですか?」
「長友さん……??」
彼女は首を傾げるが、今一度ちり紙で鼻を噛んだ後、目元の涙を拭くと襖を開ける。
その先には彼女の好物のカステラを持っている彼が、頭巾の間から優しい眼差しでこちらを見ていた。