第54章 霞明ける、八雲起きる
「耳に神経集中させるのが難しければ、目を閉じるのも良いと思うぞ」
「ああ……五感の何処かが不自由になったら、他の感覚が補うって言うあれ?」
「そーそー。流石、本屋の娘はよく知ってんな」
ニヤッと笑って、私の頭をくしゃっと撫でて来る巧だ。
「普段から見えてる状態でも、情報過多で戸惑う時ってあるだろ?そう言う時とかでも有効かもな。気持ちを落ち着かせるって意味でも」
「そっかあ……」
「おう」
★
ハッと回想から意識が戻る。相変わらず自分の周囲は霞で覆われていて何も見えないし、わからない。
………目を瞑ってみた。視界が真っ暗になり、正真正銘、何も見えなくなる。
視覚を使わない代わりに耳に意識を向ける。
風の音、足捌きの音……そして無一郎くんの息遣いの音。それらが目を開けている時より、はっきりと認識出来るようになって来た気がする。
どこにいるんだろう……。まだぼんやりとしかわからない。息を深く吸って吐く。それを2回繰り返す。
強張っていた体の力が少し抜ける。すると先程よりもはっきり彼の姿が捉えられるようになって来た。
右前方、左前方、右後方、左後方………。
狂いがない足捌きが聞こえる。段々と自分が立っている方向に向かって近づいて来る。
—— よし、ここだ。
闘気を高めると、足元からジワリジワリと熱風が上がる。
「炎の呼吸」
木刀を右下段に構え、今一度握り直す。
「弐ノ型」
そして時計回りの方向に円を描くよう、振り上げた。
「—— 昇り炎天」
カン——
うん、手応えあり。そこから目を開け、少し助走をつけて地を蹴った。
「参ノ型 —— 気炎万象」
上段から炎を纏った木刀を無一郎くんに向かって振り下ろす。