第49章 爪に緋色、唇に曙 、心に桃色をのせて +
「………」
あれ?黙っちゃった……珍しい。
「杏寿郎さん?」
「………」
そのまま5分間の時が過ぎる。どうしたのだろう…と思考を巡らせていると、彼の口からようやく言葉が出た。
「七瀬は冬の太陽だな」
「え?冬ですか?」
「ああ」
杏寿郎さんが私に優しい笑顔を向けてくれる。ドクッ…と心臓が心地よく高鳴った。
「雪はたくさん降ると屋根や庭、それから道にも積もってしまうだろう?翌日になると凍結してしまう事もある」
「そうですね…。気をつけて歩かないと滑ってしまいます」
「あるのか?滑った事が」
「はい、小さな時ですけど。雪が降って嬉しくてはしゃいでいたらツルっと…」
「そうか…」
その様子を想像したのか、彼が少し笑った。
「ああ、すまない。きっとそんな君もかわいかったのだろうなと思うとつい、な」
ややブスッとした顔をした私の頭をよしよしと撫でる杏寿郎さんだ。
「話を戻そう。積もった雪や凍結した場所…それらを溶かすのは太陽だろう?今はお元気になられたが、以前の父上は心になかなか溶けない雪が積もっていた…そんな状態だったように思う」
「そう…ですね」
「そんな父上の心を溶かし、再び炎を灯してくれたのは七瀬…君だ。俺は本当に感謝している。父、千寿郎、そして七瀬と共に過ごせる毎日がとても幸せだ。ありがとう」
「いえ、こちらこそ……そんな風に言って頂いて…ありがとうございます…」
目をつぶって涙を流すのをどうにか堪えた。