第49章 爪に緋色、唇に曙 、心に桃色をのせて +
「ありがとうございます。連れて行って下さって。とても美味しかったし、楽しい時間が過ごせました」
左隣にいる杏寿郎さんにお礼を伝えると、彼はこちらを見ておや…と一瞬目を見開く。
彼は少し辺りを見回し、目当ての場所を見つけるとそこに向かって一直線に歩いていった。連れてこられたのは建物と建物の間の路地だ。
「杏寿郎さん?ん……」
前を向いていた彼がこちらに振り向くと、温かな口づけが降って来た。
「春はあけぼの…と言うようだが、夏の曙も俺は好きだ」
「ふふ、清少納言ですね。枕草子」
【春は夜明けが趣があっていい】だったっけ。
ゆっくりと私の唇を色づかせた曙色を大きな右の親指でなぞった後に、もう一度彼からの柔らかな口付けが1つ落ちる。
「また紅の色が移ってますよ…」
心臓の高鳴りを誤魔化すように、杏寿郎さんに訴えれば「そうか」と余裕の笑みで色移りした自分の唇を右手親指で拭う彼。
「私の色、落ちてませんか?さっき塗り直したばかりなんですけど…」
「大丈夫だ」
また1つ私の唇を掠めるような口付けを彼はした。
……この後、私は再度曙色の紅を塗り直す事になる。
それから時の鐘にやって来た。その名の通り、時間を告げる鐘だ。
1日に4回、鐘付きを行っているそうでその感覚は午前6時・正午・午後3時・午後6時。
「今は14時55分。後5分で鳴るようだ」
「もう少しですね、あ!男性が鐘付き台に上がって来ましたよ」
懐中時計で時間を確認した彼に私はそう返答した。