第46章 八雲心炎、燃ゆる立つ
〜杏寿郎から見た景色〜
一本目は引き分けで終わった。七瀬が継子になって自分に勝てた事はただの一度もない。
娯楽のかるたさえもだ。
しかし、今日は勝手が違った。
初めて彼女は俺に負けなかった。初めて、と言う事実はなかなかに重い。
“嬉しい”
その感情がまず自分の心に浮かんだ。
毎日のように剣を突き合わせ、時には呼吸について意見を交わし合い、2人で技を磨き合って来た。
同じ炎の呼吸を使いはするが、使用者が違うので色々と面白い部分もある。まずわかりやすい例として、男と女と言う性の違いか。
女子である七瀬の放つ炎の呼吸は、熱さもあるが優しさと温かみが混ざっているような気がする。
対して男の自分…これは父上もそうではなかったか?と記憶しているが、熱さと剛健。そして猛々しさ…と言う表現がしっくりくるのではないだろうか。
「杏寿郎」
ちょうど先代の炎柱の事を考えていたら、父本人から名前を呼ばれた。
はい、と返事をすれば竹筒に入った水を渡される。お礼を言い、やや乾いた喉にゴクリと流し込んだ。
「楽しそうだな。これは七瀬さんにも言える事だが」
父が腕を組んでニヤリとした表情で俺に言って来る。
「はい、こんなに楽しい勝負は久しぶりです」
やはりか……と父は千寿郎と談笑している継子に目をやる。