第35章 緋色の戸惑いと茜色の憂鬱
「……すまない」
申し訳なさそうな声が頭上で響いた。かと思うと、くるっと踵を返して私から離れようとするので、慌ててその逞しい腕を掴んだ。
「待って下さい……」
私はすがる思いで杏寿郎さんに声をかけた。
それでも私が掴んだ腕を外して、離れようとする彼にいたたまれなくなって、大きな背中を後ろからギュッと抱きしめた。
恋人の体が止まる。私は更に力を加えて彼を抱きしめた。
「話もさせてもらえないんですか?」
「………」
返って来る言葉はない。
「大嫌いなんてウソです……ひどい事言ってしまって本当にごめんなさい」
トン、と頭を目の前の背中に私は当てた。
「………」
彼の返答はやっぱりない。はあ、当然か…。抱きしめている両腕から力を抜き、彼の体から離す。
「呼び止めてすみません………また明日の稽古もよろしくお願いします」
私はとぼとぼと自分の部屋に戻った。