第35章 緋色の戸惑いと茜色の憂鬱
「沙希と何を話していたんですか?」
「ん?さき?」
首を傾げる杏寿郎さん。人の名前を覚えるのが苦手な彼は、話をしているとこう言う事がよく起こる。
「藍沢沙希ですよ。今日見回りで一緒だったんですよね?」
「ああ……」
顔と名前が一致したようで、納得した表情を見せた。
「特に大した事は話してないぞ。しいて言えば、彼女に聞きたい事があったから聞いたまでだな」
「………」
聞きたい事って何?
「それがどうかしたのか?」
どうかしたから、こうして聞いてるんじゃない……。
「七瀬?具合でも悪いのか?」
「すみません、湯浴みして来ます」
私はその質問には答えず、彼の横を通り過ぎようとした。すると、パシっと右手を掴まれる。
「言いたい事があるなら、はっきり言ってくれ」
静かだけど、強い口調で私に言って来た。
「沙希に聞きたい事って何ですか?」
「大した事じゃない」
いつもはっきり言う彼が珍しく言葉を濁す。
「私には言えない事なんですね」
やっぱりそうなんだ。腕を振り解こうとするけど、離してくれない。
「すまない、詳しくは言えないが……決して君が考えているような事ではない」