第35章 緋色の戸惑いと茜色の憂鬱
信じられないような会話が聞こえて来た。
『君は何が欲しい?』
え……何それ??沙希は確か恋人がいるはずだけど。杏寿郎さん、どういう事?
私は先程楽しそうに話をしていた2人の姿が頭の中を駆け巡って、なかなか帰宅する気になれなかった。
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あれから30分程あの場にいた私は小腹がすいたので、煉獄邸へと帰った。こんな気持ちなのにお腹が空く自分の体に乾いた笑いが出てしまう。
門扉を開けて、玄関までの道を重い足取りで歩く。
カチャっと鍵を開けて、中に入ったけどそれ以上は足を進める気になれない。深いため息をつきながら上り框(あがりかまち)に座った。
ひとまず脱刀をして、日輪刀を体の左側に置く。
湯浴みしなきゃ………重い気持ちを心に充満させながら立ち上がって自分の部屋に向かうと、廊下の向こう側から紺色の着流し姿の恋人が歩いて来た。
「おかえり、七瀬。怪我はないか?今日もよく頑張ったな」
杏寿郎さんがいつも通り、私の頭に大きな手を乗せて労ってくれる。
「………」
言葉が出なかった。
彼はそれで何かを察したようで「どうした?何かあったのか?」と私の顔を心配そうに覗き込んでくる。
いつもなら飛び上がるぐらい嬉しい言葉だけど、今は……辛い。