第1章 継子
木々の合間から、
セミの声が時折聞こえてきた。
もう、すっかり夏になっていた。
特殊加工が施されている隊服は、
通常の衣類より通気性が良い。
だが、それでも、
外を少し歩いただけで汗が出てきてしまう。
煉獄杏寿郎は、
もう、通い慣れた道を一人歩いていた。
そうして、いつものように蝶屋敷へ行く。
今日は、
美玖の好きなあんころ餅を持ってきた。
昨年の春頃に桜の花を見ながら、
共に食べた事をふと思い出したのだ。
美玖の寝台の傍に腰掛け、
あんころ餅を取り出す。
美玖、今日は
君の好物の甘味を持ってきた!
あんころ餅だ。
覚えているだろうか?
昨年、庭に咲く桜の花を見ながら、
千寿郎と三人で食べた事を…
あまりに急いで食べるから
美玖は喉に餅を詰まらせていたな。
あの時も、肝を冷やしたものだ。
そう美玖に語りかけると
杏寿郎は窓の外へ視線を移す。
どこまでも澄んだ青空が広がっていた。
ー…
ーー……
なんだろう…?
私、今、どうしているんだろう。
私の身体、どうなっているの…?
目も、腕も、足も、
何にも動かない…
身体と結びつく感覚が、ない。
…私、死んじゃったの…?
…。
……。
何か、聞こえる?
なんだっけ、
なんだか、安心する。
私、聞いたことある。
これは、声?
…そうだ、声だ。
私の大事な人…?
思い出せない…。
誰…?
誰だっけ…?
ーあんころ餅をー…
三人でー…
まだ聞こえる。
この、声は、
杏寿郎…さん……?
そうだ、
私の、師範…
そして、大事な、人…