第1章 誰でもエルヴィンSS12月
叱られた子犬のような目をする時は、団長ではなくただのエルヴィン・スミスに戻った時。私に合わせて少し屈んだ身体を優しく抱きしめ金髪を撫でた。
「片腕では抱きしめながら涙を拭ってあげられない」
拭う代わりに瞼へと注がれたキスは、涙を止めるのに十分だった。
「辞令撤回する気になった?」
理由もなく出された辞令にまだ納得はしていないのだ。
「すまない」
「何しにここへ?」
明日は奪還作成。兵士達の気持ちは昂り、団長として決して暇ではないはず。
「エルヴィン・スミスとしてお願いにきた」
左胸のポケットから取り出された小さな箱。ベロワ生地で出来たソレを片手で器用に開ける。
「受け取ってくれないか」
弱い蝋燭の光を受けて輝く石の指輪は、女ならば誰もが憧れるものだ。勿論自分だって憧れていたが、いつしか自分には関係ないものだと思うようになっていた。
「どういう意味で?」
「意味なんて1つしかないだろう・・?と言いたいが、本来の役割として使ってくれても構わない」
婚約指輪は給料3ヶ月分が相場。理由としては自分の財力を花嫁の両親に分かりやすく示すためだと言われている。そして、もしも男に何かあったときに女性が生活費の足しにできるように・・と。
「受け取らない場合は命令するのかしら?」
「今は団長じゃないからできないな」
サイドテーブルの上に箱を置き、銀のリングを取り出した。
「団長さんはお金持ちなのね」
「もう一文無しだよ」
素人目に見てもエルヴィンが無理をしたのは分かる。無言で差し出した左手、薬指にゆっくりと指輪が通っていく。
2人で眠っている時だろうか、明け方に幾度か左手薬指を愛おしそうに撫でるエルヴィンに気付かぬフリをした。
大きな石を覆い被さるように雫が落ちては弾けた。
「今夜のご馳走美味しかったよ。兵士達も喜んでいた」
「帰ってきたらいつでも作ってあげるわよ。だから来期の予算は上げてね?」
こちらのお願いには口づけで返してきたが、それは承諾ではなく謝罪なのだ。昔から彼は変わらない。聡明な戦略家で頑なで狡い男。そして、私の心を掴んで離さない。