第1章 誰でもエルヴィンSS12月
「嫌だと言ったら?ここに残ると言ったら?」
溜息と共に左側にあるペンを手にして私に差し出した。
「言い方が悪かったな。命令だ、受け取りなさい」
氷のように冷たい碧い目は旧知の友である私にすら有無を言わさない。ましてや両隣に鎮座している若者は、乞うような目で私を見つめる。これ以上団長を怒らせるのを恐れているのだ。
「承知しました。エルヴィン・スミス団長」
皮肉たっぷりに告げ、ペンを奪い取ると弾みでインクがこぼれた。右腕を失ってから左側に物を置く癖ができ、必要な文具が密集していたのだ。拾おうと屈んだ部下に気付き私の両脚が解き放たれたのを良いことに、手早く承諾のサインを済ませて台所へ向かう。今日は作戦前夜の大盤振る舞いがあるのだ、これ以上議論する時間はない。
外は木枯らしが吹く冷たい夜。
騒ぐ兵士達を後目に食堂の扉を閉めようとすると、エルヴィンの目の前に最も信頼できる男が立っていた。
「リヴァイか。もう飯はいいのか?」
ずれた上着を左手で直している間に気が利く兵士長は扉を閉め囁いた。
「お前はいいのか」
「ああ、十分頂いたさ」
「そうじゃねぇ、アイツの事だ」
「これから最後の仕事をしに行く」
一度何かを決めたエルヴィンを止める事はできないのを忠実なる翼は知っている。
「了解だエルヴィン。悔いのないようにな」
それ以上言うことはなかった。
会いたい人が来てくれる人とは限らない。
それを知っているからこそ、控えめなノックにドアを開けた瞬間、隙間風の吹き込みと共に靡く金髪が見えたときは、息が止まりそうだった。
「エルヴィン・・」
役職ではなく昔のように名前で呼び合うこの時間が大好きだった。だから過酷な調査兵団での仕事にも耐えられたのかもしれない。
「すまない忙しいところ」
荷造りをしかけては止まり、茫然とする時間を過ごしていたであろう部屋の散らかり具合だ。部屋の主の目は真っ赤に腫れあがっている。
「すまない」
何に対しての謝罪なのか分からないが、喧嘩をしにやってきた訳ではないようだ。その証拠にいつものように左手で抱き寄せられている。ただ、今日に限っては少しだけ、僅かに心臓の鼓動が早いのだ。
「どうしたの?」