第3章 『火照る身体』誰でもエルヴィンSS8月
雨音が開いた窓から、団長室の中まで聞こえている。最初は心地よいリズムで降る程度だったが、次第に激しさを増した。窓を閉めたいところだが、そうすると蒸し暑さにやられる気がして開けたままでいた。
兵士の訓練はどうなっているだろうか。雨だからと言って中止はしない、壁外では雨もあるからだ。しかし、雨の日の訓練は何かと事故が起こりやすい。窓の外が気にはなるが見る勇気はない。
「失礼します」
ノックをし入ってきた兵士は、ミケ班の兵士だった。名前はトーマス。
「なんだ?」
普段、一介の兵士は団長室には入ってこない。特に禁止はしていないが、やはり気を遣うのだろう。ほとんどの場合、各分隊長が意見をまとめて俺のところにやってくる。
「エルヴィン団長にお伝えしたいことがあります」
決死の覚悟を思わせる瞳は嫌な予感しかしない。
「彼女は貴方を待っています」
トーマスの瞳は窓の向こうにあった。俺の嫌な予感は的中したらしい。
「それが・・どうした?」
「団長が行かないならば自分が行きます」
俺だって気付かなかったわけではない。彼女の傍にいる俺に対して注がれる好奇とは異なる、嫉妬という視線を。
「なぜ俺の許可をとる?」
自分が望んだことだが、沸々と熱いものが込み上げる。そんな自分を自嘲ぎみに笑った。
「もう彼女の事はいいのですね」
「もともと何もない」
彼の瞳をまっすぐに見つめる。若いトーマスは少々怯んだ。
「ほかに用がないならば行け」
「・・失礼しました」
これでいい。俺は夢のためにここにいる。そして何より、もう調査兵団の団長なんだ。
窓の外に目を向けるとトーマスが彼女のもとに向かっていた。その様子を高所から見届けると、雨音を遮るかのように窓を閉める。気持ちの悪い蒸し暑さだけが室内に残った。