第3章 『火照る身体』誰でもエルヴィンSS8月
いつも汗を垂らしながら働いている彼女の姿が見えないのだ。不可解なことに、問いかけに対して、誰も俺と目を合わせようとしない。静まり返った病室に一歩一歩踏み込む。これ以上進むと後悔する、知らなくてもいいことが待っている。もう一人の自分が叫ぶが——真実を知らなければならない——壁外の秘密と同じくらいの好奇心と恐怖心が入り混じった感情が足を動かした。彼女はきっとどこか走り回っているに違いない。そういえば、言われていた物資を届けていなかった気がする。そのせいで入れ違いで団長室に向かっているのかもしれない。希望的観測も自分への暗示も全て、奥のベッドに横たわる彼女の姿が打ち消した。
壁外では綺麗に結い上げられていたブラウンの髪は乱れ、血の臭いを発していた。臭いの元は彼女の下半身、左足がないのだ。数々の兵士の血が滲み、洗っても取れずに変色した布団には、新たな鮮血が付着していた。
血の気を失った彼女の顔色が、その血をより一層鮮やかに映えさせる。
「治療を行っていた時に奇行種にやられたらしい。運が・・悪かったな」
背後から聞こえるリヴァイの言葉に
「そうか」
返事をするのが精一杯だった。何かを握ろうとする彼女の手に気付き、そっと手を握る。力は弱いが握り返した手。覚悟はできていたはずではないか?今日隣にいる仲間が明日もいるとも限らない。いま手を握り返してくれたことは奇跡でしかない。自分は彼女を失う所だったのだ。どれ位たったのだろうか、日も傾き衛生兵に、もう峠は越えたと声を掛けられるまでそのままの姿勢でいた。