第3章 『火照る身体』誰でもエルヴィンSS8月
♢♢♢
あれから何度となく、壁外調査へと旅立っては負傷者を出し、その度に彼女は注射を打った。
俺は衛生兵の控室に待機し、仕事を終えた彼女のために兵団服を貸した。約束したわけではないが、その時の彼女の顔は見ず、俺は黙って横に座り書類作業を片付ける。最初は遠慮がちに兵団服を握っていた彼女だが、とある壁外調査で大勢の重症兵を出した時、俺の腕を握るようになった。彼女の小さい手では俺の腕を包み込むことはできず、かといって力はこもるので、自然と爪痕がつく。
いつしか、書斎にこもるよりも衛生兵の控室で作業することが多くなり、他の兵士に不思議がられた。
「エルヴィン分隊長の班から死者がでないのは、こうやって負傷兵から状況を聞いて二の轍を踏まないようにしているからだろう」
まことしやかに囁かれたがどうでもよかった。なぜ自分は衛生兵の傍に、とりわけ彼女の傍にいようとするのか・・。考えたくはなかった。夏のあの日、雨の中で涙を誤魔化す彼女の姿を見た時から、あの変な手癖を見つけた時から、乗り掛かった舟だから・・だから彼女の傍にいる。それだけの理由だと自分には言い聞かせている。真実が知りたくて調査兵団に入った。しかし、知らなくてもいい真実があることを、父の死から学んだはずだ。今回のこれはきっと知らなくても良い事。