第3章 『火照る身体』誰でもエルヴィンSS8月
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——彼女の恋人が死んだ。引導を渡したのは衛生兵である彼女だった。
この話が耳に入ったのは、あの日から2週間後のこと。やはり俺の勘は正しかった。あれから彼女を見かけるたびに、あの日の雨を思い出す。そして、身体が熱を帯びる感覚に苦しむのだ。
「どうしたエルヴィン」
ミケの問いかけにも毎回はぐらかしては、
「三十路を超えると、若いころのようにはいかないな」
と体調不良だと伝えた。体調不良ならば医師の診察を受けるべきである。体調管理は兵士の務めだと部下に言い聞かせてはいるが、一向に医師にかかろうとしないのは自分でも分かっていたからだろう、この不快感の正体を。負傷兵の様子を見に行くたびに、顔が熱くなるのを暑さのせいだと言い聞かせていた。
動けるものだけで日々の訓練は継続されたが、彼女の手は頻繁に不可解なあの時と同じ動きをしている。
「その手の動きは何だ?いざという時に咄嗟にブレードが握れないぞ」
「申し訳ございません!直しますから」
彼女の上官が放つ罵声が、日々訓練場に響き渡る。日常を取り戻し、いい加減他の兵士も彼女に注意し飽きた時、俺は彼女の心の叫びを聞いた。
「エルヴィン分隊長・・。注射を打つ前、辛うじて握り返した手。注射を打ってから徐々に力が抜けていったんです」
当たり前ではないか、死んだのだから。そう言ってしまうのは簡単だったが、言葉にはしなかった。
「自分で手を握って、握り返されると・・。彼が生きている気がするんです」
「それはただの気休めで、何も役には立たないな。むしろ君の生存率を下げるだけだ」