第3章 『火照る身体』誰でもエルヴィンSS8月
この震えはどうしたのかと、肩に触れると動きは僅かに止まった。細い肩は俺の手の中に納まる。
意図したわけではないが、肩に目をやれば胸元も視界に入る。白いシャツが濡れて彼女のボディラインを露わにしていた。兵団内で取り立てて目立つわけではない体形は、しっかりと女性だと主張してきた。久しく忘れていた気持ちが蘇りそうで、慌てて手元に目線を動かすと、先ほどの奇妙な、手を合わせては強く握る動きを繰り返している。そっと左手で触れると彼女は目を見開き、俺の手を両手でしっかりと握ってきた。その強さは時々俺の手に爪が食い込むほどだ。何か助けを求めているのだろうか、瞳を覗こうとするが濡れた前髪が邪魔だ。俺も疲れていたのだろう、何故かはわからない。爪が食い込むほど手を握る部下を窘めることもせず、ただ彼女の瞳を覗き込みたいと彼女の前髪に触れる。戸惑いの色を見せるが、抵抗はしなかった。濡れた髪をどけ、顔の雫を拭っても、いつの間にか雲の隙間から顔をのぞかせた太陽の力を借りても、彼女の顔が乾くことはなかった。それもそうだ、雫は目から零れ落ちていたのだから。
「泣いているのか?」
この質問をするまでにどれくらい時間を要しただろうか。そして、何故俺はこんなことを聞いたのか。
壁外調査を終えて泣く兵士など山ほど見ている、それは屈強な男を含めてだ。取り立て珍しい事ではない。
「いいえ」
力なく笑う彼女の答えに、吹き出しそうになる。
「強情だな」
「よく・・言われました」
目を一瞬ふせた彼女にこれ以上かける言葉は見つからなかった。今回の壁外調査で亡くしたのだ、大切な誰かを。
「風邪をひく」
彼女の肩を抱き、兵舎に帰すことしかできなかったし、自分の立場でそれ以上は望んではいけないことだ。
彼女と自分の濡れた兵団服は強い日差しを放つ太陽に乾かしてもらおう。彼女の目からは涙は零れ落ちていないが、額には汗が滲み頬は高揚していた。