第3章 『火照る身体』誰でもエルヴィンSS8月
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晴れ空に不穏な色が差し、雲が現れたと気付いた時には雨が地面を濡らし始めた。
団長への報告書類を濡らさぬよう胸元に隠し、小走りで移動し終わるころには雨脚が強くなっていた。
「ご苦労」
キース団長は手を伸ばし、書き上げた書類に目を通す。これから本部で糾弾されるのがわかるからだろう、団長の顔色は雨雲のように沈んだ色をしていた。
「壁外調査中に雨が降らなくてよかったですね」
今回の調査で唯一褒められた事といえば、天候しかあるまい。それ以外は凄惨たるものだったのだから。
力なく頷く団長を横目に窓に目をやると、兵舎に寄りかかりながら雨に打たれる人影を見つけた。
大雨に隠れて誰かはわからないが悲壮感が漂う。大方、親しい者でも亡くしたのだろう。壁外調査後はこういった奇怪な行動をする兵士も増える。
一つ二つ議論をした後、ようやく団長から休息の許しがでた。
「エルヴィン、お前も休め」
「はっ!」
敬礼をし、とりあえず自室で一休みする事にしようと団長室を後にした。
自室に戻るには、あの兵士が立っている前を通らねばならない。もう小雨だが、流石に一言
——せっかく助かった命だ。風邪をひくぞ
とでも声をかけようか。近寄るうちにその兵士は先ほどの衛生兵だとわかった。姿勢がいい印象だったからか、背を壁に預け項を垂れる姿に、彼女と気づくのに時間を要する。手を合わせ握手でもしているかのような不自然な動きで擦り合わせては握っている。彼女も俺に気付くと、すぐさま姿勢を正し、敬礼をした。
「先ほどはご苦労だった。君の働きには感謝している。もう休みなさい」
「ありがとうございます」
僅かに口角を上げたが、痛々しい笑顔だった。頭の先からつま先まで乾いている箇所など存在しないくらい濡れた彼女は小さく見える。零れ落ちた前髪から雫が垂れ、頬を伝う。
「寒いのか?」
肩が震えている。この蒸し暑さの中で寒さを感じるとなれば、いよいよ本格的な風邪だ。
「いえ・・」