第3章 『火照る身体』誰でもエルヴィンSS8月
顔をみたわけではなかったが、背格好、髪色、声から判断して先ほどの女兵士に間違いないと思った。背筋を伸ばした姿は汚れた兵団服を身に纏っていてもどこか凛としていて好感が持てる。治療用のバックを手にしているのを見ると、衛生兵らしい。死者が増え、大量の入団希望者が期待できない調査兵団において、兵士の治療を専門に行うものを選抜したのがここ1年のこと。優秀な者がいて、その兵士のおかげで戦線復帰できる兵士の数が増えたとキース団長は喜んでいたが、彼女のことだろう・・理由はないがそう思えた。
「注射を打ちます」
「・・すまない」
鞄から注射器を取り出す彼女の背中は、重圧を背負っているようだ。今から兵士を楽にする・・すなわち青酸カリの注射を打つということなのだから。戦友の人生をこの手で終わらせることに、心を痛めない人間はいない。その責を彼女に負わせることに対して素直に申し訳なく思う。せめてここで一緒に見送るのが自分の務めだろう。
「分隊長、申し訳ございませんが外にでて頂けますか?」
動こうとしなかった自分に彼女は言った。
「君がやりやすいならそうする」
「ありがとうございます」
かすれた声の主はそう言って背を向けた。