第3章 『火照る身体』誰でもエルヴィンSS8月
離れた所に席をとり具のないスープを流し込む。解放された窓の外では虫が鳴いており、静まり返った食堂に唯一流れる音は虫の音。前を向けば意図せずとも先客である女兵士が視界に入る。腕が動くわけでもなく、休んでいるわけもなく、ただただ座っているその兵士が段々と気になってきた。
食器を返却する際に彼女の傍を通る。その時に声でもかけて今回の壁外調査をねぎらおう。自分の隊の兵ではないが、声をかけて気に掛けるのは悪い事ではないはずだ。硬いパンを口内に放り込み、木製の古くなった椅子から立ち上がると椅子が動く音が響いた。
僅かに彼女の肩が震えた気がする。彼女の傍を通ると軽く俯き、長いブラウンの髪で顔にカーテンを引いてしまった。表情は一切見えない。
「よく生きて帰ってきた」
声で俺だと分かったのだろう、起立をしかけたが着席したまま敬礼をする。
「すみません分隊長。足に痛みがありますので起立はご容赦ください。お声がけ感謝いたします」
「構わん」
俯いた顔から表情は読み取れなかったが、食事をしていたわけではないのは分かった。テーブルには水滴のみ残されていて食事をした気配がなかったのだ。
「食べないと持たないぞ」
さっき自分が平らげたのが最後の一杯だったような気もしたが、上官らしき事を言う。
「ご心配ありがとうございます」
無理矢理だったかもしれないが、聞こえた声に幾分か明るさを含んでいた事に安心し、食堂を去った。