第3章 『火照る身体』誰でもエルヴィンSS8月
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―844年
うだるような夏の暑さは戦いを終えた兵士を更に追い込んだ。怪我をした兵士が回復しようにも、食中毒や熱中症で思うように回復が進まない。兵力の減少は次回の壁外調査を遅らせ、兵士の士気を下げる。ただでさえ現団長であるキース団長への不信感で揺らいでいる時期だ。日々の暑さで気が立っている中、何としても兵団崩壊だけは妨げたかった。
——ここらで雨でも降ってくれたらいいものを・・。
一瞬雨ごいを考えたが、直ぐにその他力本願な考えを払拭した。雨が降ったところで暑い事には変わらないし、湿度を上げると不快感も増す。耐えるしかないのだ、何事も。
「エルヴィン」
声の主は常に共に戦ってきたミケだった。
「兵の様子はどうだ?」
「良くはないな。特に重症の5名は戦線復帰も危うい」
ミケの様子から相当深刻な状態なのだろう。毎回の事ながら心は沈んでいく。というのも、戦線復帰が厳しいものは退団だからだ。調査兵団の兵士は、退団から一般社会に復帰するまでが茨の道なのは公にされていない。兵士として訓練を積んでいても、商売人としてのスキルはなく身体の状態によっては開拓地でも厳しい。路上で物乞いをする者、悪事を働く者、死を選ぶ者・・殆どの退団兵の行く末は地獄だ。
「食後に負傷兵の様子を見てみるよ」
「分隊長も大変だな。それが終わったら少しは休め」
戦友の労りに感謝しつつ、腹ごしらえのために食堂の扉を開けると、配膳担当が申し訳なさそうな顔をしていた。
「分隊長、お食事はまだでしたか!?すみませんもう余り物しかなく・・」
見せられた鍋の中には、具とは言えないような溶けた玉ねぎとジャガイモのかけらが僅かに浮かんでいただけだった。籠の中のパンは乾燥して固くなっている。
「構わん、遅く来たのが悪い」
渡された食事を受け取り、席に向かうと自分以外にもう一人先客がいた。スプーンを動かすわけでもなく、静まり返っていたので気付くのが遅くなったが、背筋を伸ばして微動だにせず座るその背中は、食堂には相応しくない佇まいだ。