第2章 『命ある限り』誰でもエルヴィンSS5月
「やだわ、やだわ、ほんとやだわ!」
主語抜きで話しかける彼女は、布の業者で店に寄る度に噂話を聞かせてくれる。その話はどこから仕入れるのか信憑性があり、商売の方向を決めるのに役立つのだ。彼女は太陽のように明るく、晴天にもかかわらず気分が沈んでいた私には有難かった。
「あれよあれ!あれなのよ!」
布を開いて見せるのに一生懸命で何を話しているのか自分でもわかっていないのだろう。何を言いたいのか全くわからない。
「何が大変なんです?」
製品を見るふりをしつつ、話を促した。店の奥、ポカンと空いたスペースを見るたびにズキンと胸が痛む。亡き両親のためにと守ってきたが、もう潮時かもしれない。業者さんには申し訳ないが、今回は布を買うつもりはない。
「調査兵団が、ウォールマリア奪還作戦をするらしいの!色々物資が必要でしょ?ドレスの布も兵団服に使われるかもしれないのよ!あー、やだやだ。幸せのドレスが戦場にいくなんて!」
「ウォールマリアを?」
数年前に奪還作戦という名の口減らしを行った。これがエルヴィンの団長としての最初の仕事。あの時彼はこの店にきて、静かに泣いていた。ドレスも戦場の道具とされるのか、いよいよ本気で店じまいをと考えている最中だった。
──バンッ!
勢いよく開けられた──正確に言うと蹴られた──ドアの向こうには、小柄な兵士が立っている。
「おい、お前かエルヴィンの幼馴染は?」
吊り上がった目に、しっかりと締められたクラバット、知らぬものはいない人類最強、リヴァイ兵長だ。
「あら、リヴァイ兵長!私は違いますのよ?でもこちらの方が──」
布屋の話が終わらぬうちに、
「行くぞ!」
その手を引っ張られ、馬車に乗せられてしまった。