第26章 ふたつの半月
立ち上がった私に、そんな言葉が飛んできて
「…ならない!」
なんだか無性に腹が立った。
私の心まで
自由にできると思われているように聞こえて。
私は振り返る事もなく
早足でずんずんと帰路を辿る。
怒っている理由すらよくわからないまま。
でもありがたい事に、
止まる気のしなかった涙は
いつのまにかすっかり止まっていた。
まず第1に、泣いている所を見られた。
それは私にとって大打撃。
それから、誰にも話していないはずの
内緒の恋に気づかれている。
しかも、ご丁寧に相手の特定まで。
そしてそれを知った上での、あの扱い。
恥ずかしい、気まずい、不快。
その3拍子だ。
更に、私の事を好き、だなんて。
故に、顔を合わせたくない。
どんな顔をすればいいのかわからない。
それなのに…。
「睦」
「うわっ!」
考え事に没頭していた私は
突然名前を呼ばれて驚いた。
目の前にはいつのまにか宇髄さん。
どれだけ周りが見えていなかったかが窺える。
夢から醒めたような気になった私は
そこが、海龍の家の目の前だった事に気づいた。
もうこそこそするのも嫌になって
私は毎日、
表通りから海龍を訪ねるようにしている。
そうして気づくのは、
この時間は必ず、3人揃って
外にいるということだ。
今までは、奥さんの体調が良くなかった。
育児疲れとでも言うのかな。
寝込んでしまうこともあったようで、
家事の助けにと言うことで
うちのお弁当を買っていたのだ。
でもこの分だと、
もうこのお弁当も必要無さそうだな…。
いつものように、
玄関先にお弁当を置いて
私はくるりと踵を返した。
「…声くらいかけてきゃいいのに」
後ろを窺いながら
私の後をついて来る宇髄さん。
こんな事が、もう何日続いているだろう。
当たり前のように、私の配達についてくる。
そして帰り道には必ず、私の手を握るのだ。
「離してもらいたいです」
「離さねぇ」
このやりとりもお約束。
なんの関係も持たない男女が
こんなふうに手を繋いで歩くとか…
人目を気にしないこの人にとっては
なんて事ないのだろうけど。
「どうして毎日来るんですか」
「だってお前、
ひとりで行ったらまた泣くだろう」