第26章 ふたつの半月
「あ‼︎」
「ん?」
突然足を止めた私の背中に、
とん、と彼のお腹が優しくぶつかる。
「わ…」
驚いてもう1歩、前に出て彼から離れた私は
くるりと振り返った。
「お代…!」
懐を両手で押さえて困る私に、
「…それは、睦のモンだろ。
だって俺も楽しかったんだから」
「えぇ…!…」
ん、んん?
「あの…もしかして、」
「はいはい、いいから。ほら行くぞ」
「最初から…!」
私の背中をぐいぐい押して玄関まで連れて行く。
私は嵌められたのではないだろうか。
楽しくなかったら、なんて…
きっとこの人は何事も楽しむ性格に違いない。
楽しくない事なんて無さそうだ。
という事は、
最初からこのお金は私に渡すつもりしかなかった。
私はどれだけヌケているんだろう。
この後しなきゃならねぇ事が…
なんて口から出まかせ。
強いて言うなら、
心を落ち着ける事をしなきゃならねぇかも。
想い続けた女が自分ちの中にいて、
にこにこ話をしているなんて
どんな都合のいい夢だろうと
終始ふわふわだった。
ちゃんと会話ができていたのだろうか。
何を話したかなんて浮かれすぎて忘れた。
あんな、挑発するような言い方をすれば
きっと乗ってくる、
そう思った通り、
睦は屋敷の中に乗り込んできた。
あいつの性格なんて知り尽くしてる。
ついでに言えば、名前なんて聞くまでもなく
知っていた。
ただ知らねぇ設定じゃねぇと
色々とややこしい。
ヘタすりゃ気味悪がられるし
そんなことになったら俺は一巻の終わりだ。
それにしたって、
俺の口車に乗っている事にすら気づかず
にこにことただ笑っている睦が可愛くて。
たまらなかった。
…直接話して、
もっといいとこ知った。
思った通りの女だった。
俺はこいつが好きだと思った。
毎日の日課となった、海龍への配達。
次の日も、
私はお弁当を持ってその道を歩いていた。
もう何百回と通った道。
海龍への想いと共に。
だけどその日は、海龍に会う事はかなわなかった。
仕方がない事。
もう、こんな気持ち捨ててしまえればいいのに…。