第26章 ふたつの半月
口元を手で覆い、
私の名前を口の中で繰り返した彼は
「じゃ睦、俺の名は知ってるな」
まぁ臆面もなく、
私の名前を呼び捨てにして下さる。
それに対抗するように
「宇髄様ですね」
わざとらしく丁寧に呼んでやった。
それにも笑って応え、
「俺はかしこまったのも好かねぇんだ。
様はやめてくれ」
さらりと躱(かわ)された。
かしこまったのを好まないのは同感だ。
少しだけホッとした。
だからといって、
砕けた態度を取れるわけでもない。
だって初対面なんだから。
すなわち、…どうしたらいいかがわからない。
「…睦?」
そんなふうに名前を呼ばれても…
「そうか…。当然だ。
どうしていいかわからねぇな」
「…!」
やっぱり、私の心は読まれてしまうらしい。
「会ったばかりの男の相手しろなんて、
そんなん無茶な話しだ。だが俺は嬉しいよ。
睦がそう戸惑うのは、
あながち間違いじゃねぇからな」
自嘲気味に笑うその顔が、
さっきと違ってひどく淋しげだ。
この人は、何を抱えているのだろう…
「まぁそんなに考えずに、
楽しく過ごしてくれよ。
かしこまって遠慮されるより、
初対面、だろうが開けっ広げにしてもらった方が
心地いいんだ」
そう言ってこちらを向いた笑顔は
間違いなく楽しそうで、
さっきの淋しげなのは
気のせいだったのかなと思わせる。
私は、
私のそばにいる人が
ツラそうな笑顔を作るのを見るのが嫌だ。
誰であろうが楽しくいてくれたらな、と思う。
…思うんだ。
「…宇髄さん、でよろしいですか?」
「…もう一声…と言いたいとこだが
様なんかよりゃ、ずっといいな」
「では、今この場にいる間は
楽しく過ごせるように努めます」
「え?努める…?いや、睦も楽しむんだぞ」
「はい、楽しませて戴きます。
本来なら、気の置けないお方と
めいっぱい楽しんでおられるはずだったのです。
私ごときで恐縮ですが、
精いっぱいお相手致します」
そうだそうだ。
楽しまないといられないよ。
わざわざこんな重箱を用意してだよ?
それなのに来られませんなんて…
私だって時間はあるんだから、
その淋しさをまぎらせてあげたって
バチは当たらないよ。