第26章 ふたつの半月
あまりに突然で、
私は声をかけるために吸い込んだ息を
そのまま詰めた。
玄関に私が居ることに気がついたその人は
…多分、向こうも
居るはずのない私が居たことに驚いたのだろう、
少しだけ背を反らし目を凝らした。
でもすぐに体制を整えて
上がり框に立ち、
体をこちらへと向けたその人。
まずおどろいたのは体格の良さ。
上背があり、背の低い私からみたら
文字通り大男だ。
私がそれよりも低い土間にいる所へ持ってきて、
元々の身長差。
…正直少し、怖かった。
ただ…
「…どちらさん?」
そう言って微笑んだ表情の、
なんて優しいこと。
何の他意も無く、どきりと心臓が跳ねた。
その瞬間、私はハッと我に返り
「あ、申し訳ございません。
ご注文のお品をお届けにあがりました」
ぺこりと頭を下げる。
すると彼は何とも美しい所作で
着物の裾を捌(さば)きそこに正座をした。
しなかやかな動き。
思わず見惚れるほどだった。
「わざわざ済まねぇな。重たかったろ」
「えぇ…?」
思わぬ気遣いを戴いて、
マヌケな事に、私はぽかんと口を開けた。
そんな私に、笑みを深めた彼を見て
しまった!と頬を引き締める。
「いっ、いえ!あの、こちら、お品物です」
若干乱れ気味な台詞回しで
持ってきたお重を差し出した。
それを両手で受け取ってくれて、
「ありがとな。お疲れさん」
労いの言葉までくださる。
身体が大きくてちょっと怖かったけれど、
表情は柔らかく、言葉も優しげだ。
…見た目では判断しきれないものだなぁ。
「で…」
そう感心していた私の耳に、
その続きとも取れる接続詞……
何だろうと思い続きを待つと、
何故かその人はフッと遠い目をした、
ように見えた。
でもすぐに、
「今日の代金だ」
片手で軽々しく、
ある意味ぞんざいに手渡された袱紗…
……
感触が、…ふかふか。
「…ありがとうございます。あのぅ…」
ほくほくでお重を受け取ったその人は、
私の呼びかけに、ん?とこちらを向いた。
「お代…」
失礼ながら、
袱紗の上から
フカフカと触って確かめている私を見て
「あぁ、ちょっとイロつけといた。
こっちがムリ言ったんだ、取っといてくれ」
にっこりと、
何でもない事のように笑った。