第26章 ふたつの半月
「えぇ⁉︎そんな事できないよ!」
「いいのいいの。
おじちゃんがああ言ってるんだから
素直に甘えなさい?」
おばちゃんは私を店の外まで押し出すと
「お弁当、よろしくね?
気をつけていってらっしゃい」
手を振って、店の中に戻って行った。
呆然とする私をひとり残したまま…。
地図は本当にわかりやすくて、
迷う事なくすぐ着いた。
住所の下に小さく書かれた『宇髄』の文字。
門に掛けられた表札とも合っている。
道には、迷わなかった。…道には。
ただ、
入るか入るまいかを、ひどく迷う…
どういうお仕事をしていたら、
こんなお屋敷に住めるようになるのだろう。
と、
誰もが思うだろう豪邸だ。
この大きな門を、くぐりたいのに勇気が出ない…
…いや。
落ち着くのよ睦。
お客様がお待ちなのよ。
しかもここまでの道すがら、
伝える言葉まで考えて来たじゃない。
申し訳ございません。
今回はお受けしましたが、
次からはこのような注文はご遠慮ください。
そう告げるつもりでいた。
だってこんな…
家族で野掛けするわけじゃないんだから…。
「…ふぅ」
私は胸に手を当て深く息をついて、
心を落ち着かせてから、
いざ1歩を踏み出した。
門から玄関までの距離の長いこと…。
でも、その道なりに
何とも可愛らしい木が並んでいた。
可愛い壺型の赤い花がたくさんなっていたのだ。
鈴蘭のような、小さくて可愛い花。
「…可愛い…!」
私は歩きながらそれを眺め、……
なんだろう、
勝手だけれど
そのお花に励まされたような気になっていた。
うん、がんばるね、
なんて
心の中でひとり言い、
目の前にあるモダンなガラス戸を少しだけ開けた。
中を覗くと、
少し薄暗いそこはシンとしていて
人の気配はしなかった。
…広いお屋敷だ。
気配なんか、わかるわけもないけれど。
それにしても…玄関までもが広い。
こんな広いの必要ある?
声かけるのいやだなぁ…
でもかけないと…気づいてもらえないし…
覚悟を決めた私が、
大きく息を吸い込んだ時…
音もなくスッと現れた大きな影が視界に入った。