第25章 時間を超えて。
「…ひどいと思わない?
迷子の私を助けるフリをしてたんだよ?」
「そうか、それは酷い目に遭ったな」
優しく諭すように言ったその人は
私から腕を解いて
ポンと大きな手を置いてくれた。
それだけで、全てが収まっていくような気がした。
不思議な人だ。
言葉にまったく嫌味がなくて
さっきまで強かったはずの瞳が、ひどく優しい。
この人にそう言われてしまうと、
もう何も言えなくなってしまう…。
うまいこと黙らされてしまった私は
しぼんだ風船のように、
その人の前に立ち尽くし俯いた。
「時に睦。さっき君は、
迷子だと、そう言ったな」
「うん…もう迷子だよ」
「それは、心がか?」
「えぇ…?」
心が…?
つい顔を上げ、その人を見つめた。
口角をきゅっと上げて
穏やかに微笑み、あたたかく私を見下ろす…
スッと心に入ってきたその言葉を噛み締めて
私はフッと笑ってしまった。
「ふふ…そうかもしれない」
確かに、天元ちがわからなくなって
帰り道すらわからなかったけれど、
それだけじゃなくて
私の心も迷子になってたのかもしれないよ。
私が笑うと、
笑みを深めてひどく満足そうにした。
だけど、…
「だけどホントに迷子なの。
おうち、知ってる?連れてって?」
ちょっと誤魔化すように笑って言うと、
ピシッと固まったその人は
「…自宅がわからないのか?
まぁ確かに、少し距離はあるが…」
信じられないというように
目を見開いた。
「…ちょっと、イロイロあって…?」
てへっと、笑うも
ジッと見つめられてしまい
何だか悪い事でもしているような気分だ。
「いいじゃない、ね?えぇと…」
名前が、わからない…
知り合いだよね、私の名前知ってるしね。
「あの、…ええっと…」
「?…どうかしたか」
名前のうまい聞き出し方なんてわからない。
もう仕方がない…
「ごめんなさい、今ね記憶が曖昧なの。
ちょっとややこしくて説明が難しいんだけど、
名前をお聞きしてもいいですか?」
「名前…俺のか?」
「うん、…ごめんなさい。
失礼なのはわかってるんだけど…」
「煉獄、杏寿郎だ」
ちょっと戸惑いがち。
…当然だ。
「杏寿郎さんね。ありがとう!」
「杏寿郎、さん⁇」
居心地悪そうに繰り返したその人は
かくりと頭を落とした。