第25章 時間を超えて。
玄関に揃えてあった黒いこの下駄は
きっと私の(?)ものに違いない。
申し訳ないけれど勝手に拝借して来た。
それにしても
ものすごく立派なお屋敷だった。
この時代の天元は、超がつく程のお金持ちだ。
立派な着物を着てたものね。
私の(?)部屋も、
それは綺麗に設えて(しつらえて)あった。
いかに大切にされていたかが窺える。
幸せなんだねぇ、この時代の私も。
太陽のおかげで、
そこまで寒さも感じない。
着の身着のまま出てきてしまったから
なんの用意もないけれど、
私はほんのお散歩程度、
近所の散策を決め込んだのだった。
背の高いビルも、
スピード違反の車もない。
とにかく人がたくさんいて、
みんな活気付いている。
小さな子どももしっかり働いていて、
手押し車っていうのかな?
大きな荷物を乗せて
元気に走って行った。
すごいなぁ…
子どもも大人も元気だねぇ。
そんな事を考えながら、
ぼんやりと歩いていたけれど…
……
あれ?
…自分が迷子になっている事に気づいた。
待って待って、
こんな所で迷子になんかなったら
どうしたらいいわけ?
だってスマホも何にも無いんだよ⁉︎
交番行けばいいの?
でも私、あの屋敷の住所知らないし!
天元ち行きたいんですけどー
なんて言ったってわかってくれるわけないじゃん!
バカ丸出しじゃんか!
ていうか、交番の場所だってわかんないのに。
「お嬢さんお嬢さん」
ある小料理屋さんの前で声をかけられた。
見たところ、感じの良さそうな男性だった。
「私はここで小料理屋をやってるんだ。
お嬢さん、ここらじゃ見かけないね、
どこから来たんだい?」
にっこりと笑いかけてくれるその人が
この世で1番
頼りになる存在のような気がしてきた。
「ごめんなさい。
あの、ちょっと迷子になってしまったようで…」
どこから来たか、という質問に答えきれず
半ば言い訳のような事を言った私を、
「おやおや、それはお困りだろう。
ちょっとおいで。話を聞こう」
こいこいと手招いて
親切な事に話を聞いてくれると言うでは無いか。
あぁ、人の優しさが身に沁みるなぁ…。
そうして1歩踏み出そうとした私の隣に、
誰かが並んだような気がした。