第23章 こいびとおにいちゃんズ。の彼女
「今回は、行き先と食べたいもの。
…そんなに俺のことを考えてくれているのか。
それは嬉しいのだがな…」
そこで言葉を切って、
小さなため息をついた。
「俺が良いのは、睦が良い事なのだ。
前にも、同じような事を言ったか。
自分を押さえつけているわけではない。
遠慮をしているわけでもない。
本当に、睦の良いのがいい」
「でも私は、」
「違う睦」
杏寿郎さんは静かにかぶりを振る。
「君は『俺のしたい事を知りたい』と言うのだろう?
俺のしたい事は、君がしたい事だ。
俺がいいのは、君が幸せである事だ」
「………」
言葉を失う、というのはこの事。
「前回は、俺の好みを知りたいと
可愛らしい事を言うから折れたが
今回はそうするつもりはないぞ。
俺のしたいことは、
まったく睦がしたい事だからな!」
「杏寿郎さんがしたい事はないんですか?」
「無いのではない。睦が
したいことをしたいのだ。
だから俺は睦に訊くんだよ。
どうしたいのかと」
…そんな事あるだろうか。
「俺のしたい事に付き合わせては申し訳ないとか
そういう事でもない。
ただ君のしたい事をしたいだけだ。
…おかしいか?」
「おかしくは、ありません…でも
そんな事でいいんでしょうか…」
不安が残る。
「だって、私は杏寿郎さんの意見が聞きたいのに」
「だから今言っただろう。
睦のしたい事がすべてだ」
俄かに信じがたいけれど…
ウソを言う人ではない。
適当な返事をする人でもない。
常に誠実な…。
「…睦」
杏寿郎さんは私を見ながら、
困ったように眉を下げ、笑ってくれる。
「睦、君は泣いていても美しいが、
どちらかと言うと俺は君に笑っていてもらいたい」
強く手を握りながら、
もう一方は、私の零れる涙を拭ってくれる。
自分の意見をしっかりと持っている筈のこの人が
そんなふうに思っているなんて
夢にも思わなかった。
私に譲ってくれているのだとばかり思っていた。
「私が勝手な事をしたらどうするんですか?」
「思う存分、好き勝手するといい。
思い切り付き合ってやるからな!」